2011年05月18日

「セントールの悩み」における人魚の進化

「セントールの悩み」における人魚はこんな感じで、海生哺乳類の下半身に陸生人類の上半身をくっつけたようになっています。ningyo_01.jpg

※ちなみに「穂振」は祝(ほふり)からきているという説と、穀物の穂を振り水神に感謝を表す儀式からきているという説があります。いずれも神事に関連し、人魚の神職に対する深いつながりを感じさせます。


ちなみに、水生人類と呼ばれる形態はあと二つあります。
一つは魚人
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もうひとつは魚髪人
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この魚人と魚髪人は、水生人類といっても、実際には完全に陸生です。
鰓は通常痕跡程度しかなく、水かきも(図では強調していますが)ほとんどなくなっているのが通常です。
まれに機能する鰓をもって生まれるまれる子もいますが、その際は手術で取り去るのが普通です。水かきも同じです(手術で形態を変えることは通常違法ですが、生活に支障をきたす形質の場合は補則によって原則として整形手術を認められています)。
人魚も半水生で、完全に水生である人類は現在ではいません。


ちなみに人魚という形態は、猿人のころから何回も出現しては滅びています。
「サーベルタイガー」が実は特定の一種を示すのではなく、進化史上何度か現れた「犬歯が異様に発達した肉食動物」を指すのと同様です。

まず、最初に直立歩行を成し遂げたアウストラロピテクス。
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彼らは現在のアフリカの大地溝帯(エチオピアの辺り)に生息しており、元々熱帯雨林であったそこに海が進入することによって気候が変化し、それによって進化を遂げたと考えられています。
そして短時間(進化史的に見て)のうちに、半水生に適応したアウストラロピテクスの亜種が発生します。
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皮膚と中腕が変化して生まれた鰓(魚類の鰓に対する収斂進化。効率はあまりよくない)を持つ彼らは、更に水生に進化をとげます。
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猿人版人魚といった態の水生アウストラロピテクスは、収斂進化によって魚類やクジラ類に限りなく近づいてゆきます。図はバシロピテクス・ペルシス、体長は十メートルを越します。
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ただ、バシロピテクスは群れで狩をする一方、ハクジラ類のようなエコロケーション(音響測定)能力を持たず、巨大化した目による視覚に頼っていました。また中腕が進化した鰓は最後までそれのみで必要な酸素を供給できず、呼吸のために海面に戻る必要がありました。
そういったことが原因がどうかは分りませんが、水生人類は一旦全て滅びてしまいます。

原人であるホモ・エレクトゥスもやはり水生型を生み出します。
中腕が鰓に変わるというパターンも同じです。
(注:図は猿人よりに描かれていますが、実際にはもっと体毛も少なく現生人類に近い容姿をしていたと考えられています)。
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また魚髪人型の亜種も誕生します。
彼らの頭髪は上からみると魚に良く似ており、水面近くに潜んで、魚を狙いにやってきた鳥類を捕獲して食べていたと考えられています。
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そして水生猿人と同様、水生原人もやがて滅びます。


旧人と称されるネアンデルタール人も、水生型を生み出しました。
しかし、水生ネアンデルタール人は、水生猿人のように極端な水生適応を行いませんでした。
また、陸生人類が切り出したと思われる陸生木の道具を用いていたことから、恐らく陸生と水生の間で交流がなかったアウストラロピテクスとは異なり、陸生・水生間でなんらかの交流、交易と呼べるに近いものがあったと推察されています。
そしてそれが、陸生人類に酷似した上半身を水生人類が保ち続けた原因であると推察されます。
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そして現生人類も、かつてのような完全に水生に適応した形態を生むことはありませんでした。
もっとも、もし現生人魚以上に魚類に近い形をした人類がいたとして、それが人類であると認識されることはなかったでしょう。
posted by 村山慶 at 07:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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